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音が見えるとき

10代の頃、私のピアノは音を出すだけのものだった、と思う。
楽譜は音高と音価しか読めていなかったと思う。

当時、先生にその点を注意されても、私はその通りだと思うだけだった。
今思うと、なんと言う傲慢。多感な頃とはいえ、自意識の方が過剰なタイプだったせいかもしれないが。

長じて後、音楽に関係する仕事に就いてから、楽譜が違った風に見えだした。
スラーが、スタッカートが、曲や部分によって、全く違う風に見える。強弱記号は表情記号なんだ。実感した。

他の方に音楽を伝える(教える)には、その曲を分析するのは当然として、その内容を相手に伝えなくてはならない。
伝え方も、言葉だったり、例えてみたり、実践したり、直接的に手をとってみたり、全身を使ったり。
音楽の仕事に就いて、私はとてつもなくたくさんのことを学ばせていただいた。

その頃、しかし私は自分のピアノの勉強は少ししかしていなかった。
他のもの(他の楽器とか和声学とか・・・色々です)は学んでいたが。
他の人に、楽譜に書いてあることの表現の仕方を伝えることと、自分自身が読んで自分なりの音にすることとは、少し違いがあると思う。
解釈する内容は同じでも、伝えるという形の表現と、自分で音にするという形の表現とでは、
自分と音楽との間柄が違ってくるのだと思うのだ。



さて、出産で5年ほどピアノから離れ、2005年にピアノを再開した。
再開当初は、楽譜と頭と目と耳と指が、わずかづつずれて機能しているような感覚に戸惑いながらも、その感覚を楽しんでいた(この経緯は本館ブログのこの記事にあります)。


今、私はピアノが楽しくてしょうがない。
初めての曲を弾く。少しづつ弾いていく。あるとき、ひとつの音が、こんな音で弾いて・・と語りかけてくる。
この瞬間が、嬉しくてたまらない。
遠くから聴こえてくるような音、重いスタッカートに三角のスタッカート、この音は上げて後の音は響きを落として、この音はかえって、すっと抜いて、ふわっと抜いて、羊羹みたいな音で・・・・・・弾きたいと思う時、すごく幸せだ。
もちろんすぐに出せるわけではない。こう弾きたい、と思ったまま、思っただけの音もたくさんある。
でも、自分の中に、音が見えるだけで嬉しい。

私にとって今は、ピアノとの蜜月なのだと感じることがある。
遅い目覚めなのだと思う。ピアノをはじめて30有余年、ようやく気付くなんて。頭の冷静な部分では、この遅さがとても恥ずかしい。
でも、音が見える喜びは大きい。遥かに大きい。


最近、弾いていて、疑問に思うことが多くなってきている。
この指の動かしかたでは、腕がこる。正しい奏法を知りたい。
この部分はこの解釈でよいのだろうか。
独学で、古典やバッハを弾くのが怖い。とんでもないことをしそうだ。(あくまでも、私の場合はです)
苦手のショパンも弾いてみたい。それこそ怖い。

レッスンに行きたい。

でも、私はレッスンに行くことで、自分で考えることをやめてしまうのではないだろうか。
教わることに安堵して、自分で感じることを疎かにしてしまうのではないだろうか。
(これは、教えていただくということとは全く関わりなく、あくまでも自分自身の問題です)

その、自分自身に対する信頼感の無さが、レッスンを始める第一歩を踏み出せずにいる。

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「ピアノと私」カテゴリの記事

コメント

こんばんは☆
とっても真摯なメッセージありがとうございます!!
kalimacさんの様な技術の持ち主でも、このように色々とお考えになることがあるんですね。
私はまだまだ甘ちゃんだっ!!
>今、ピアノが楽しくて~
という気持ちは同じです!!(思いだけは!!)
もっと楽しく弾けるようになるためには、もっと練習しなくちゃいけないんですよねぇ・・・果てしなく長い道程です。
私は今の先生に師事頂いて10年以上経つのですが、時間が経てば経つほど学べるものが多くなってきました。(厳しくなってきた!)
私の先生も更にご自分の先生には演奏会前に見て頂いているらしいです。どこまで行ってもピアノって学ぶものなんですね。
前回の練習会ではパヴァーヌの件、kalimacさんから色々教えて頂きましたよ!
次回も宜しくお願いします!

投稿: 自由の女神 | 2007年11月 6日 (火) 00時12分

自由の女神さん♪
こちらこそ、真摯なコメントをありがとうございます。

自分の気持ちの確認のためにも、一度文章にしないと・・・と思って書きました。
書いてみても、簡単には色々な気持ちが固まらないのが困り物なのですが(笑)

音楽を楽しむって、多分自分の中から出てくるものなのでしょうね。レッスンに行って、もっとたくさんの刺激を受けて、なおかつ自分の中から楽しさが出てくる・・・そういうのがいいんだろうな。

>>今、ピアノが楽しくて~
という気持ちは同じです!!(思いだけは!!)
この気持ちがきっと、一番大切なんでしょうね。
私も常に「思いだけは!!」です。

>どこまで行ってもピアノって学ぶものなんですね。
本当にそうですよね~。そして、学ぶことが喜びであるような。

パヴァーヌ、二人で素敵に仕上げましょうね!
ご迷惑をおかけしないように、がんばります。
日曜にお目にかかれるのを楽しみにしています♪

投稿: kail | 2007年11月 8日 (木) 13時25分

女神さんと同感です。やはりピアノって生涯勉強しなきゃいけないんだー。終わりはないんだーって思いました^^;

>正しい奏法を知りたい。
この部分はこの解釈でよいのだろうか。
独学で、古典やバッハを弾くのが怖い。
とんでもないことをしそうだ。

私も素人の浅知恵ですが、こんなことをいろいろ考えて・・・結局踏み出してみてよかったことがたくさんあります^^
レベルは違えども、きっと得る物はたくさんあることでしょう!
そこに踏み出していくパワーが必要なのですけどね^^;

投稿: yu-ki | 2007年11月10日 (土) 08時56分

yu-kiさん、こんにちは♪
暖かいコメント、どうもありがとうございます。

>こんなことをいろいろ考えて・・・結局踏み出してみてよかったことがたくさんあります^^

そうかあ、yu-kiさんもいろいろお考えになられたのですね。
さりげない後押しのお言葉、本当に嬉しいです。

>そこに踏み出していくパワーが必要なのですけどね^^;

そう、特に大人の場合、結構なパワーが必要ですね。
でも、皆さんしっかりその一歩を踏み出しておられて・・・
私もなんとかパワーを見つけます!!

投稿: kali | 2007年11月11日 (日) 22時21分

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